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東かがわのみんなの妹、そしてみんなの母になる人

  • 滝 かなえさん|タキノワ / 東かがわ市地域おこし協力隊
  • 2017.02.10
  • 香川県東かがわ市

「あなたの強みを教えてください」
「自己PRを1分でお願いします」

ぴしっと決めたスーツ姿の面接官が重い口調で言葉を投げつける。就職活動で面接を受けたことがある方なら、耳が痛くなることもあるのではないだろうか。

仮にだが、地方で生きるに当たって面接試験があるとして、どんな「強み」が求められるだろうとふと考えた。クリエイティヴな発想で新しいビジネスをつくれる人、ロジカルな考え方で旧態依然な制度を改善できる人、視野は狭くとも若者特有の爆発的な行動力を持っている人……どの強みも魅力的であり、また地域によっても求められるものは違うのだろうが、どうもこんな力だけではない気がした。クリエイティヴでも、ロジカルでも、行動力があっても、地域に何となくなじめない人はいる。

ぐるぐる考えていると、ある普通のことに思い至った。地方で生きるために大切なひとつの要素、それは「素直であること」ではないだろうか。

東かがわ市の地域おこし協力隊を務める滝かなえさんは、クリエイティヴさやロジカルさに特別秀でているわけでも、デザインができるわけでも、ITに強いわけでも、特殊なスキルを持っているわけでもない。しかし、純粋さ・素直さのかたまりのような人だ。有名な探偵アニメの主人公が「見た目は子ども、頭脳は大人」ならば、滝さんは「見た目は大人、心は子ども」だと思う。地域活性化や地方創生という言葉が叫ばれるようになり、ある種戦略的に地域を選択する若者も多い中、滝さんは「東かがわが好き・人が好き」という想いの“純度の高さ”が飛び抜けている。そして、良い意味での子どものような素直さを持ち合わせている。

滝さんは2016年4月に、東かがわ市にUターンし、地域おこし協力隊として活動している。

高校卒業後、夢である地元の小学校の「給食のおばちゃん」を目指し、神戸の短期大学に進学。授業とアルバイトに明け暮れた。しかし、東かがわでは小学校の統廃合で学校数が減り、さらに給食の用務員は現職が退職するタイミングでしか募集がないことを在学中に知る。悩んだ結果、地元に戻り、高松でアパレルの仕事を始めた。香川の端っこの東かがわから高松まで車を運転し、早朝から深夜まで働き、家に帰っても寝るだけという生活が続く。休日ぐらいゆっくりと自分の時間をつくりたいが、東かがわには若者が気軽に足を運べるカフェのような場がないのが悩みだった。休みの日までまた高松に行くのも辛い。

「ないなら私がつくれば良いのでは……?」

滝さんはふとそんな想いを抱き始める。東かがわが好きだという想いに、具体的に「これだ」と思える夢が加わった。

滝さんはふとそんな想いを抱き始める。東かがわが好きだという想いに、具体的に「これだ」と思える夢が加わった。

好きなものに対してはとにかくまっすぐだ。アパレルの正社員の仕事をあっさり辞め、短大時代を過ごした神戸で最も好きだったカフェで武者修行を始める。2年勤めた後、地元のカフェの事情も知りたいという想いから香川に戻り、高松のカフェでアルバイト。そして、働きながら東かがわへの関わりも模索し、地域の行事に出席してみたり、友人から紹介された人に臆せず会ってみたりした。ある東かがわのイベントに参加した際に、地元への想いをぶちまけると、市役所での簡単なアルバイトを紹介された。そこでの仕事ぶりが認められ、2016年に募集された地域おこし協力隊に応募し、合格。大好きな地元に直接関わる仕事に就くことができた。

地域おこし協力隊として、「地域と若者をつなぐ」ことが活動のテーマだ。活動を始めると、少し上の世代の方々から「若者がいない」という話を聞いた。一方、同世代の地元の友人と話していると、みんな地元が好きで関わりたい気持ちを持っている。世代間で感覚にずれがある。

「若者がいないなんて、そんなことはない。きっかけがないだけだ」

滝さんは、両者の間に立ち、上の世代の方々が取り仕切る地域行事に、若者が参加しやすい場や仕組みをつくることに奔走した。

「おおち踊り」という15年前まで地元で踊られていた踊りがある。町の合併に伴い、10年程前から踊りが途絶えてしまっていたのだが、これを復活させたのは何と滝さんと同世代の地元の女性だった。彼女の想いに触れた滝さんは彼女と協力しながら、同世代の友人を踊りの練習に巻き込んだり、踊りの披露の場を地域行事の中に用意したり、踊りにフラッシュモブを掛け合わせたり……若者がつくる「おおち踊り」を地域の中に落とし込んでいった。

 

(「おおち踊り」の披露=東かがわ市)

(「おおち踊り」の披露=東かがわ市)

 

(「おおち踊り」を踊った地元の同世代の若者=東かがわ市)

(「おおち踊り」を踊った地元の同世代の若者=東かがわ市)

 

若者には「居場所」が必要だと思う。自分が主役となれる場、挑戦ができる場……大人が管理する失敗できない場ではなく、若者が可能性を広げられる、大人が厳しくも温かく見守る「居場所」が必要だ。滝さんは世代の間に立ち、地域の中に若者の「居場所」をつくろうとしている。

「Uターンで帰って来た人や、若者の声を表に出してあげたい。今は高校生・大学生、または40代以上の人の声しか表に出ていないと感じる。せっかくのアクションがそもそも地域に知られていないこともある。光を当ててあげることで若い人たちに『やって良かった』という気持ちを生み、上の世代の方にも同世代にも良い刺激をもたらす、そんな連鎖を東かがわで生んでいければ」

世代をつなぐことは、両者の板挟みとなり、両者から疎まれてしまう、本当に厳しい役回りだ。どちらの世代も、価値観の近い世代だけで進めた方が楽だし、うまくいかないとただの嫌われ役になってしまう。滝さんも辛い想いをしたことは何度もあると語る。そんな厳しい役も引き受ける滝さんの想いの源は何だろう。

「東かがわの人の温かさから自分が育った。それを伝えたいし、温かい人たちを自慢したい。ひとりでも多くの人にこの街を好きだと思ってもらいたいんですよね」

「純粋」だと思った。本当に東かがわが好きなんだろう。居場所がない街を好きにはなれない。ひとりでも多くの人が東かがわに居場所を感じるためには、世代間で排除しあうことなどマイナスでしかない。地域へのアプローチが滝さんらしい、本当に素直でまっすぐだなと思う。クリエイティヴでもロジカルでもなくとも、動機が純粋で、行動が素直。年下の妹が試行錯誤するのを支える、兄姉のような気持ちが芽生えるのは滝さんの人柄の賜物だ。

そして、滝さんは地域おこし協力隊の活動と併せ、「タキノワ」という活動を始めた。自身の夢、「カフェを開く」ことを形にするための活動だ。

「カフェは、カップルで来ても、友達と来ても、ひとりで来ても良い。自分と向き合っても良いし、仕事をしても良い。1日の始まりに来ても、終わりに来ても良い。目的をひとつに絞らなくて良い。それに、人と出会ったり、ぬくもりも感じられる。カフェはたくさんの可能性を持っている」
「あと、自分の友達と友達が友達になる、ということがとても好きで。名前の“タキ”に、つながりの意味の“輪”を足して『タキノワ』」

こちらの活動のテーマは「Food&Drink&Newstandard」だと語る。

「ドリンク・フードを、イベントや場に合った形、場のコンセプトに沿った形で提供する、新しいスタンダードをつくりたいと思っている。カフェを出すという夢は今も変わらない。ただ、今ひとつの場所で店を構えてしまう必要はあるのかな? と考えた。この先ライフステージが変化する中で、開業を考えると1歩を踏み出せない。低頻度でもできることから始めようと思った。自分が好きなもの、想いを伝えたいものを、場のコンセプトに合わせて、また少し東かがわもプラスして提供する。そんな形でイベント出展等に挑戦したいと考えている」
「10年後には、今の自分みたいな25歳を応援できるようなカフェを、東かがわで開いていたい」

と夢を語ってくれた。

 

(タキノワの活動=高松市)

(タキノワの活動=高松市)

 

「こんな人が市長だったら街は幸せだろうな」とふと思った。

滝さんが夢を目指す活力になっているのは、何よりも街への想い、人への思いだ。辛いときの拠り所が、私利私欲なんかではなく、街への想い、人への想い。街が好きで、人が好き。好きなものに対してはとことんまっすぐ、素直。街のため、人のためが、滝さんの夢そのものなんだと思う。こんな人がいる東かがわは本当に幸せな街だ。

できることなら、20年後の東かがわ市長選挙に、そんな滝かなえを推薦したい。ただ、本人は引き受けることがないだろうと思う。なので、20年後は開業したカフェで、東かがわの若者を支える立場になっていてほしい。純粋で、素直で、東かがわのみんなに愛される妹分の滝さんは、きっと東かがわのみんなの素敵な母になる。すごいお母さんが、みんなが集うカフェで、東かがわの若者を明るく照らしていってくれる未来を楽しみにしたいと思う。

 

 

滝 かなえさん|タキノワ / 東かがわ市地域おこし協力隊

香川県東かがわ市出身。神戸女子短期大学食物栄養学科卒。
特技は、ポジティブ思考。趣味は、初めての道を歩くこと。

 

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