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街の英会話教室は、ローカルとインバウンドをつなぐ総合商社

  • 穴吹 英太郎さん|えいた Language Shelter
  • 2017.02.15
  • 香川県高松市

「Excuse me.」

びくっとした。恐る恐る声のする方に顔を向けると、大きいリュックを背負った金髪のお兄さんのまっすぐな瞳と目が合った。たぶん初恋の人に声をかけられたときでもこんなに緊張しないと思う。

「Could you tell me where Takamatsu station is ?」

あんなに中学高校で英語を勉強したのに、簡単な説明が口から出てこない。ボディランゲージといくつかの単語の羅列が精一杯。格闘したのはものの数十秒のはずだが、体感時間は倍以上。理解したのか諦めたのか、笑顔で御礼を言って歩き出した彼を見送る。ちゃんと目的地に辿りつけるだろうか。自分の拙い英語力にがっかりし、また伝わったかもと思うと少しうれしさも覚えたり、緊張と安堵が入り混じるひと時だった。

香川県は瀬戸内国際芸術祭や、格安航空の就航もあって、外国人観光客と接する機会が格段に増えた街だ。「ああ、英語ができたらなぁ」と思う人は少なくないのではないだろうか。

 

高松市の丸亀町商店街で英会話教室「えいた Language Shelter」を運営する穴吹英太郎さんは、教室をただの英会話を教える場から一歩踏み込み、「英会話教室×観光」の接点と捉えて運営をしている。奥さんとは中国語、教室の先生とは英語、友人とは日本語で話をする穴吹さんが、あろうことか「語学にはコンプレックスがあった」と語るのだから、人生はどう転ぶか分からないものだと思う。

 

穴吹さんは、元々は東京の大手企業でサラリーマンだった。しかし、その進路は何となく「将来安泰そう」という理由で選んだ主体性のないもので、仕事にはどこか閉塞感があったと語る。そんな穴吹さんのターニングポイントは2011年、28歳のとき。香川の実家のビジネスが傾き、それまで漠然と将来は香川へのUターンを考えていたが、初めて自身の仕事を考え直すきっかけになった。

「今までBtoBのビジネスに携わってきたので、もっとお客様の顔が見える仕事がしたい」

関心を持ったのは、お客様をもてなす極上のホスピタリティを持つ「星野リゾート」。転職の武器にしようと、学生時代からコンプレックスだった語学をこのタイミングで習得しようと一念発起する。英語は話せる人が多いと考え、習得を目指したのは中国語。会社を退職し、中国に語学留学し、さらに実践経験を積むため上海のホテルで働き始める。1年半ほど働いてみて感じたのは、改めて世界共通語としての英語の力だった。上海のホテルでも、外国のお客様とのコミュニケーションは、中国語ではなく英語だ。「英語もできた方がいい」と感じ、そこからフィリピンのセブに留学。滞在費を削減するために、語学学校に来る生徒と現地の先生をつなぐインターンシップの活動を始めたが、この活動が穴吹さんの人生を大きく変えた。

語学学校に来る大人たちは、ひとりひとりみんな異なるストーリーを持っている。ひとつひとつがポジティヴで本当におもしろい。仕事を辞めて新しい夢の実現のために来た人、定年退職後にずっとやりたかった語学に向き合う人、大人ひとりひとりが持つ多様な背景や想い、生き方そのものに触れられるのがとても刺激的だった。そしてまた、フィリピンの先生たちの人柄が最高で、いっしょにいて居心地が良い。

「これを仕事にできないだろうか」

この経験が穴吹さんのベースになり、セブで新しいビジネスの展開を考え始めた。

 

(語学留学中に現地の人たちと=フィリピン・セブ)

(語学留学中に現地の人たちと=フィリピン・セブ)

 

「まずは、フィリピンの彼女たちとおもしろいことをいっしょにやりたい。そして、せっかくやるなら意味のあるビジネスがやりたかった。言語を学んで楽しいのは、人とコミュニケーションができるようになること、そして新しい価値観やワクワクをもたらしてくれるところ。これを感じられるひとつのシチュエーションが『観光』。接客の仕事でも、プライベートでも、外から来た人へホスピタリティを持って接する人が増えればと思い、『英会話教室×観光』をテーマにしようと考えた。そして、セブでいろいろな大人のストーリーに触れることが刺激的だったので、単純に自分が楽しいだろうと思い、大人向けの教室にした。また、東京には多様な英会話教室があるが、地方にはまだまだ選択肢が少ない。大人向けに加え、低価格+マンツーマンで差別化を図った。語学にコンプレックスがあったからこそ、生徒に寄り添った教室がつくれると思ったし、こんな経営者がひとりぐらいいても良いのかなと。また、神戸でレストランを経営されている方とセブの語学学校で会いビジネスの相談をしていると『どこに住みたいかを大事にした方が良い』との助言をもらった。元々好きで、いずれ帰ろうと思っていた高松はマーケットとしても悪くない。それなら高松でやろうと考えた」

「英会話教室×観光」という切り口でのビジネスを、大人に向けて、地元の高松で立ち上げる。穴吹さんがやりたいことが1本の糸でつながった。
2015年に香川に戻り、「えいた Language Shelter」を開業した。現在は英会話教室の運営に加えて、商店街の店舗での外国人観光客の受入対応の研修等も手がけている。

 

(商店街の店舗での外国人観光客受入対応の研修の様子=高松市)

(商店街の店舗での外国人観光客受入対応の研修の様子=高松市)

 

「英会話教室の2号店を開こうとは考えてない」

今後の展開を尋ねると、ビジネスの横展開については首を横に振り、もっとワクワクする大きな夢を語ってくれた。

「むしろ、英会話教室をコンテンツのひとつに格下げしたい。教育事業ももちろんだし、観光事業も、宿泊事業も、コンサル事業も、その他サービス事業も、インバウンドに関わるすべてのことができる、『インバウンド観光の総合商社』のようなプレーヤーになりたい」

異文化と触れ合うこと、理解し合うことの刺激は、英会話教室だけで完結するものではないだろう。インバウンド観光客と高松の接点のすべてで、異文化への理解を深めることでもっとおもしろくなるチャンスがある。穴吹さんは、インバウンド・観光全体を広い視野で見据え、英会話教室に止まらない新しい意味のあるビジネスを生むことを企んでいる。

「インバウンドの観光客たちが、日本文化を再認識させてくれる。『これがクールなのか』と気づくことばかり。彼らと接していると、そんな日本文化の“体験”を求めていると感じる。商店街の中にそうした体験を任せられるプレーヤーを育てること、その仕組みもつくっていきたい」

ローカルな地方商店街とインバウンド観光客が混ざり合う明確な接点が、穴吹さんを中心に生まれ始めている。

 

そして、新しい意味あるビジネスの創出の先に、見据えるもののもうひとつには「地元のため」という想いがある。

「将来的に地元に帰って来ようという想いがあったように、やはり地元が好きだなと。自分はアウェーな環境にチャレンジして成長できたが、チャレンジができたのは地元のおかげ。自分にとっての地元はこの商店街。商店街の人通りが減るのを見て、この地元の風景が当たり前じゃないのかもしれないと思うようになった。だからこそ、自分の活動を見て、高松に住むのが楽しいという価値だったり、働く場所としての商店街の魅力だったりを感じてもらいたい。商店街で若い人がビジネスをできる事例に自分がなれれば。商店街でのビジネスにワクワクできる人、そのような価値観自体をつくっていきたい」

穴吹さんが商店街を中心にインバウンド客への様々な仕掛けを続ければ、インバウンド客に体験を提供できるお店やプレーヤーが増え、ホスピタリティを持ってコミュニケーションができる人も増え、穴吹さんの背中を見て商店街でのビジネスをおもしろがれる若者も増える。ローカルな地方商店街が、インバウンドを切り口に一段階おもしろく進化しそうな、明るい未来が予感できる。

ローカルとグローバルは二項対立で語られるものではない。ローカルな地域でもグローバル化が進み直接的に外国とつながりを持つことが増えるだろうし、グローバル化が進むことでコモディティ化されていないローカルこその魅力が改めて可視化されることもあるだろう。ローカルとグローバルは不可分であり、益々互いに良い影響を与え合うものとして共生していく世の中になるはずだ。穴吹さんが取り組む、ローカルな商店街をインバウンドを通じて多角的におもしろくする活動は、ローカルとグローバルの関係そのものをデザインする、これからの時代の最先端をつくる活動だと思う。

30年後の高松の商店街の進化が、改めて楽しみになった。

 

 

穴吹 英太郎さん|えいた Language Shelter

香川県高松市出身。
新塩屋町小学校、城内中学校卒(全て統合され廃校)。
麗澤高校卒(千葉県柏市)。 中央大学経済学部卒。
2014年12月、高松へUターン。2015年6月、「えいた Language Shelter」開校。

 

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