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好きな人が自然と集まってくるグラノーラ屋さんの秘密

  • みのちせさん|寧日
  • 2017.02.01
  • 香川県東かがわ市

「なんかこの街、居心地が良いなぁ」

旅先で、肌に染み込む心地良い空気感。うまく言葉にできないが何となく好きな感じがする、何となく心地良く感じる場所というのは誰にでもある。

京都の凛として荘厳だけどちょっぴり敷居の高いあの感じ、六本木の人の欲が全て表出したような高揚感渦巻くあの感じ、沖縄の暖かさだけでは到底説明できない開放的なあの感じ……。

生きてきた文脈や、有する関係によって、人は直感的にその場の居心地の良さを感じとっている。空気の嗅覚というか、味や歌がオンチな人でも、この匂いはなぜか間違わない。

 

香川県東かがわ市に、結婚を機に大阪から移住した、みのちせさんは、「この街が好き」と言った。

「元々海のある街に暮らしたいと思っていたし、野菜も近くでとれるし、移住に抵抗は全くなかった」

ちせさんは、香川県内を中心にマルシェやマーケットへ出展したり雑貨屋を通じて物販をする「グラノーラ屋」だ。月に数度、グラノーラの量り売り喫茶もオープンしている。

元々飲食に携わっていたわけではないという。サラリーマンとして営業し、結婚後はパートも経験した。旦那さんの地元の香川県に暮らしの場を移すと、野菜が身近になったことからマクロビに関心を持ったり、卵や乳製品を使わないお菓子づくりに挑戦したり、元々の料理好きが興じていろいろ試した。

出産がひとつの契機となる。ひとりで行動するのも好きだったが、子どもが生まれるとひとりで行動ができなくなりストレスを抱えるようになったという。また、大阪にはあった「子どもといっしょにゆっくり過ごせるカフェ」が東かがわはないことに気づいた。

 

「ないなら自分でやればいいんじゃない……?」

持ち前の行動力からそんな想いがふつふつ湧いていた頃、ちょうど住まいをリノベーションするタイミングが重なり、建築家からも「自宅でやればいい」と背中を押された。そして、カフェをオープン……実はしていない。リノベーション中にふたりめの子どもを授かり、開業は難しいと判断したためだ。人生における優先順位が、結婚や出産等のライフイベントに伴って男性以上に大きなうねりを持ってしまうのは女性の本当に大変なところだと思う。

ふたりの子どもを育てながらできることとして、マルシェやマーケットへの出展に挑戦することを決め、少しずつ研究を始める。そしてマーケットへの初出展で、想像以上に好評を博すうれしい誤算が生じた。そして何より、この新しく踏み出した一歩が、緩やかなドミノ倒しのようにちせさんの周りに好循環を生み始める。マーケットで偶然再会した人から、オーナーが日替わりのカフェでの営業を提案され、快諾。週に1度グラノーラの量り売り喫茶の営業を始めると、今度は近所の雑貨屋から「お店でグラノーラを置かないか」と提案され、販路を拡大。緩やかに活動が広がり始めた。

 

(みのちせさん、寧日の工房にて=東かがわ市)

(みのちせさん、寧日の工房にて=東かがわ市)

 

ちせさんは、自分の好きな空気感をよく知っていて、加えて軽やかな行動力を併せ持つ、二刀流の人だ。この空気が好きだと感じれば、前例が少なかろうがその方向に舵を切る。

「神奈川県の逗子や葉山の上質な感じがすごく好きで。ビーチマフィンというカフェがあって、そこで『量り売りマーケット』という催しをやっている。好きなものを好きなだけ買う、ということが、とても豊かでかっこいいと感じた」

提供する商品にいくつか選択肢がある中、量り売りができるグラノーラを選んだのはこの「豊かさ」への共感がある。

「今の活動を通じて、価値観や暮らしを『豊か』にしたい。百貨店でものを買う豊かさもあるが、自分に合うサイズで買ったり、本当に好きなものを買う豊かさもある」

「そして、豊かなのは『自分の好きだと思える人に会うこと』。実はこれが1番強いと思う。自分の好きだと思える人が、自分の作ったものをおいしいと言ってくれる。その人の胃袋を掴むと、さらに繋がっていられる。今の活動を通じて、おもしろい人や価値観が共有できる人により多く出会えるようになった。これがとても心地良い」

ちせさんにとってのグラノーラ屋の活動は、多角的な意味を持つ。食の豊かさを伝えるものであり、より広い意味での暮らしの豊かさを伝えるものでもあり、豊かな関係を生むものでもある。

本当に料理が純粋に好きで、カフェを開くのが夢だという人も多い中恐れ多い……と謙遜しながら語ってくれたが、謙遜の必要などないとても温かく志のある活動だと思う。

今、ちせさんの周りには、価値観が共鳴する人が集う循環が少しずつ生まれ始めている。少しずつ物販先を増やしてきたちせさんだが、実は今まで自ら積極的な営業をしたことはないという。

「人が人を紹介してくれ、新しい繋がりが生まれ、自然と売り先が広がっている感じ。この感じがすごく好き。こんな展開なんてあるわけがないと思っていた」

またちせさんも子育てをしながらの活動であることを考え、お客さんに迷惑がかからないよう無理に大きくする意志はない。知る人ぞ知る、そんな人たちがリピートしてくれるのが、今の自分に合うサイズ感だと語る。

「何となく繋がっていって、やりたいことが少しずつ実現している。3年前に思い描いたことはかなりのことが叶ったと思う」

実はここに記したちせさんの活動はここ3年ぐらいのものだ。3年。「短い」と思った。誠実な活動は、3年でこれだけ物事が前に進む。ひとつの大きな希望だ。

ちせさんが好きだと語る逗子・葉山には、その街の纏う空気感が好きな人が集う。ちせさんもその空気感に惹かれたひとりだろうし、そんな人の集合が上質な街の感じを生んでいる。

実はちせさんも、大好きな逗子・葉山の街と同じなんだろうと思う。

ちせさんは、逗子・葉山かまたはそれ以上の、ちせさんと共鳴する世界観を持つ人を惹きつける引力を持っている。もちろん規模は違うが、ちせさんの周りには、既にちせさんが大切にする質感を持つ街のようなものが生まれ始めている気がする。

ちせさんの長期的な将来の夢は「海の家」を開くことだという。海沿いのお店に、さらっと来て、さらっとコーヒーが飲めて、ゆっくり読書ができる、そんな海の家を作りたいと語る。そこにはきっと、またちせさんに共鳴する人が集う。ちせさんが核となる、逗子・葉山に勝るとも劣らない上質な空間を持つひとつの街のようなものが生まれるだろう。

休日に海沿いで、心置きなく過ごせる人と、コーヒー片手にゆっくりと過ごす極上の時間が、今から待ち遠しい。

 

 

みのちせさん|寧日店主

甘酒や塩麹、酒粕、スパイス、ハーブをつかったグラノーラを展開しているグラノーラ屋寧日(neizitu)店主。雑貨店・カフェなどでの物販やマーケット・イベント出店、ワークショップなどで活動中。毎週月曜日は四国食べる通信の編集室でもある 四国食べる商店にて量り売り喫茶をオープン。グラノーラの量り売りのほか、スムージーやポタージュ、ヴィーガン焼き菓子もあり。

 

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