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人々の安心安全・快適な暮らしのため、新しい建設技術を世に広める

  • 株式会社技研製作所
  • 2023.12.15
  • 高知県高知市他

「これからの建設の新しい『スタンダード』をつくる」
というコンテンツにて、株式会社技研製作所の事業について、背景や想いも含めて発信した。技研製作所は、建設工事の基礎となる杭の打ち込みにおいて、従来の工法と異なる「圧入原理」による工法を世界で初めて実用化した企業だ。杭打ちの振動・騒音を無くし、構造物の耐久性も高める新しい建設技術は、社会の様々な箇所で実装が進み、防災や都市再生を中心に着実に広がりを見せている。

建設業界というと、男性社会のイメージを持つ方も多いかもしれないが、技研製作所は女性社員も多く在籍し、活躍が目覚ましい。前回のインタビューに続き、今回は技研製作所で様々な役割を担う女性社員3名の方に、技研製作所での業務や働き方、自身の業務に込めた想いや、将来のキャリアビジョンについて、語ってもらった。

 

〈インタビュー相手〉

■ 高島 利枝(たかしま りえ)さん:株式会社技研製作所 経営戦略部 経営戦略課 主任。兵庫県出身。兵庫県の大学を卒業し、東京の複合機メーカーで海外営業等の業務に従事。結婚を機に高知県に移住し、県の外郭団体での勤務を経て、技研製作所入社。

■ 澤田 佳歩(さわだ かほ)さん:株式会社技研製作所 製造部 購買管理課。高知県出身。岡山県の大学を卒業し、高知にUターン。新卒で技研製作所に入社。

■ 公文 麻裕(くもん まゆ)さん:株式会社技研製作所 新工法開発部 新工法開発課 主任。高知県出身。神奈川県の大学を卒業し、住宅メーカーで営業・設計の業務に従事した後、高知にUターンし、技研製作所に入社。

 

(インタビュー中の高島さん(左)・澤田さん(中)・公文さん(右))

(インタビュー中の高島さん(左)・澤田さん(中)・公文さん(右))

 

――技研製作所に入社するまで。高知・仕事…三者三様の選択の背景。

高島さんは結婚を機に地縁のない高知県に移住、澤田さんは県外進学を経て新卒で高知県にUターン、公文さんは県外進学・就職を経て転職で高知にUターン、という三者三様の異なる背景を持って、高知での暮らし・技研製作所での仕事を選択した。お三方が技研製作所に入社するまで、ターニングポイントやキャリアの選択の背景について、最初に話を聞いた。

高島:大学卒業まで関西で過ごし、東京に本社を置く複合機メーカーに就職し、東京配属になり7年過ごしました。そして、結婚を機に、夫が住んでいた高知に移住しました。高知に来るのも初めてで、知り合いもいない中で移住した形です。

大学の専攻が英語で、仕事に直結しないこともあって、就職活動では仕事を選ぶ難しさを感じていました。学生時代、海外に行った際に日本製品の人気の高さを目にすることが多かったので、日本人がつくった何かを海外に届ける仕事がしたいという想いを軸に、メーカー(特に電機メーカー)を志望しました。また、海外で働くことは夢・目標のひとつだったので、そういう機会があるかも重視していましたね。ただ、自分が何に向いているか分かっていなかったので、とにかく社会に身を投じてみよう、面接に受かったところに行こうと決めていた感じです。

東京の複合機メーカーでは7年勤めましたが、業務としては入社前に希望していた、海外営業を5年、商品企画の業務を2年担当しました。忙しかったですが、日々成長できている実感もあり、充実感を持って働いていました。30歳を目前に結婚するかどうかという人生の節目に立ったとき、私の周りには結婚を機に仕事を辞める人は誰もいなかったですね。十数年前だと普通にあったと思いますが、自分たちの世代は結婚を理由に仕事を辞めるという選択肢がそもそも頭になくて。しかし、自分の場合は、相手が高知に住んでいて、仕事と結婚のどちらかを選ばなければいけませんでした。夫は地元高知がすごく好きで、結婚するなら自分が高知に移住するしかなかったのですが、正直すごく悩みました。今振り返ると大したことではないですが、その決断が自分の人生を大きく変えてしまう気がして、また好きだった前職を辞めることにも抵抗があって。当時はリモートワークの環境も整っていませんでしたし。最終的には、結婚したいという想いが勝り、仕事を辞めて移住を決めました。移住前に東京で転職エージェントに登録して仕事を探し始めましたが、「高知の転職情報は全然ない」「現地のハローワークに行くのが1番いい」と助言され、仕事を退職し、高知に来て職を探しました。そこで、県の外郭団体で外国人材の受け入れを支援する有期雇用の仕事を始めました。3年の有期雇用だったので、働きながらその先を考えるつもりでした。ただ、その間に1人目を妊娠し、育休制度がなく、そのまま退職を選びました。その後、一旦専業主婦になったんですが、子育てだけになると結構しんどくて、自分は仕事をしていないと先々が不安になるタイプだと気づいて、もう1度就職活動をしようと決めました。

新卒のときからメーカー志望だったこともあり、やはりものづくりに関わる仕事がしたいと考えていたのと、県の外郭団体での経験から民間企業での仕事のやり方が自分に合っていると感じていました。都会と比べると高知県内のメーカーというと数は少なくなりますが、夫の紹介もあり、技研製作所を受けました。技研製作所の求人内容が海外事業部の業務で前職の経験を活かせる可能性があったこと、また1歳の子どもの子育てをしながらの仕事で、フルタイムの責任の大きな仕事は難しいと正直に伝え受け入れてもらえたこと、面談の中で女性が多く働かれていることや女性が仕事を続けられるよう会社として取り組みを進めたいと聞いたことから、それなら自分も働けるのではないかと考え、志望しました。

新卒のときと転職のときでは、ライフステージが違っていて、仕事を選ぶ動機に大きく影響しました。新卒のときはとにかくやりたい仕事を選ぶことができましたが、転職のときは子どもも小さく家庭にパワーを割かないといけない前提があり、両立できる勤務条件の環境じゃないといけないというのは大きかったですね。前職でも、仕事と育児を両立している先輩を見てきたんですが、自分にはそこまでのパワーはない、どちらかしかできないと正直感じて。一方で、専業主婦になったときに、孤立感・不安を常に抱えてしまっていたので、社会にもう1度戻りたいという想いや、戻るにはブランクを短くしないと戻れなくなるという不安もありました。

 

(お話を伺った高島さん)

(お話を伺った高島さん)

 

澤田:生まれも育ちも高知で、岡山の大学に進学した後、就職で高知に戻りました。就職活動では、高知で就職したい気持ちと、県外や海外で働きたい気持ちが、半々だったんですが、高知で就職したいという気持ちが上回った感じですね。具体的な業界や職種の志望は正直なく、自分の得意分野も分かっていなかったので、大学選びも就職活動もすごく悩みました。ただ、県外に出て、海外に短期研修にも行って、高島と重なりますが、私も日本のものづくりに携わりたいという想いが生まれました。また、高知の良さも帰省する度に感じるようになり、「高知で、ものづくりの分野で働きたい」という想いが固まっていきました。高知の企業×ものづくりで調べると、すぐに技研製作所がヒットしました。事業内容を見ると、高知は南海トラフ地震が起きると言われている中で、家族も親戚もいる高知を防災に強いまちにできる技研製作所の事業に強い意義を感じ、やりがいを持って働けると考えました。また、世界の建設を変えると謳っていて、高知で暮らしながら世界にも貢献し活躍できると感じ、入社を決めました。生涯やりがいを持って働きたいという想いを大切にしていたので、事業にときめきを感じられるかが重要でしたね。また、会社で働く人と合うかどうかも大切なポイントにしていましたが、入社してみないと分からないこともあるので、面接で感じることを大切にしようと考えていました。

 

(お話を伺った澤田さん)

(お話を伺った澤田さん)

 

公文:高知市出身で、神奈川の大学に進学し、そのまま住宅メーカーに就職して4年半勤めた後に、高知に戻り当社に入社しました。新卒の就職活動では、高校から大学まで7年間建築を学んだので、建築に携わる仕事がしたいと考えていました。また大学までは自分のために頑張ってきたので、社会人では誰かの役に立つ仕事がしたいと思い、建築の中でもお客様と距離が近く対話ができる、住宅メーカーを志望しました。あと、今はそこまで抵抗感はないんですが、当時はコミュニケーションに苦手意識があり、克服するために営業を担当したいとも考えていました。当時は高知に戻って就職したいという強い想いもなく、Web面接等もなかったので、そのまま関東で就職した形です。

前職では、1年営業をした後に設計に異動して3年半勤めました。ある程度仕事にも慣れて、任される仕事も増え、やりがいはあったんですが、20代後半になると結婚なども頭の中に浮かんできました。あまり東京の人と結婚するイメージが湧かなくて、例えば東京の人と結婚して東京に住むと、そちらの家族優先で実家にもなかなか帰れないのかなという不安も感じて。それは嫌で、家族を大切にしたい、結婚するなら高知が良いと考えて、高知に戻ることを決めました。両親も60代になり近くにいたかったこと、都会の生活が合わないと感じるようにもなっていたこと、30代よりも20代の方が転職しやすいと聞いたこと、等も決断の理由ですね。ただ、転職活動は最初どうすれば良いか分からず、転職サイトに登録すると情報がいっぱい出てきてどの企業も同じように見えてしまい、最終的に四国転職ネットと高知県の事業承継・人材確保センターの面談を軸に転職活動をしました。転職活動では、せっかく転職するなら「今までと違うことがしたい」と思い、住宅ではなく大きなマンションや商業施設、あるいは橋の設計をする会社、新しい工法等の開発など建築だけに限らず建設や機械の開発に特化した会社がいいなと考えていました。面談で話したところ、候補に挙がってきたのが技研製作所でした。実は技研製作所のことは知らなかったんです。ただホームページを見ると、とてもわかりやすく、細かいところまで行き届いたサイトになっており、会社のやりたいことや方向性も明確で、新しい建設が事業の中心に据えられていて、興味を持ちました。ただ、募集要項に私が該当していなかったんです。建築分野は、1級建築士資格保有者もしくは構造計算の実務経験保有者という2つの項目だったんですが、どちらも合致していなくて。ただ受けたい気持ちがあったので問い合わせてもらうと、面談の機会をいただけ、選考も進めていただき、入社が決まりました。面接官の役員に「一級建築士を取得します」と宣言しまして、入社後に資格を取得しました。経験を活かせるかつ新しいことにもチャレンジできるところが決め手でしたね。

 

(お話を伺った公文さん)

(お話を伺った公文さん)

 

――技研製作所で担当する業務。社員が事業に誇りを持つこと。

続いて、お三方に技研製作所で担当している業務について話を聞いた。技研製作所は、自社の技術を元に新しい建設をリードする存在であり、ひとりひとりの社員が様々な役割を担いながらも、誇りを持って事業や業務に向き合っていることが、言葉の端々から垣間見える。

高島:最初は国際事業部に配属になり、主に輸出業務の補佐をしていました。出荷を担当する購買管理課や製作課から情報を受け、アメリカやヨーロッパ、アジアに向けた輸出の諸調整を行っていました。1年程担当した後、経営戦略部に異動し、海外子会社に勤める現地のローカル社員の人事制度づくりを担当し、今は同じ経営戦略部で製品の販売価格の設定や中長期の経営計画策定の補佐を担当しています。

前職との組織の違いに関して、意思決定の速さは当社の強みだと感じています。部門の壁も高くなく、他部門に協力を得たいときに非常に協力的な方が多いですね。個々人でいうと、若い社員を含めて、自ら考え、動ける人がすごく多いと感じています。入社して1番印象に残っているのが、コロナ禍前に在宅勤務の意思決定を瞬時になされたことです。新型コロナウイルスが急速に拡がり始め、世の中の不安が大きくなっている最中で、当社ではまだ導入されていなかった在宅勤務を、トップがすぐに決断し、社員もすぐにその方針で動けていました。世の中の流れに対し機敏にスピード感を持って動くことを、経営陣・社員が体現したことはとても印象深いです。また、女性社員も多く、建設業界に持っていた男性主体のイメージが覆りました。すごく働きやすい環境だと思いますね。

技研製作所の強みは、付加価値の高い製品を世に出しているところだと思います。前職の経験から、メーカーは競合と激しい価格競争が起きていて非常に苦しい状況を目の当たりにしていました。この会社に来たとき、自社の製品の付加価値が高く、自分たちがマーケットをリードできているという自負を感じました。それが強みであるし、仕事のやりがいにもつながっていると思います。

澤田:新卒の研修を終えた後、半年ほど製作課と実証課というものづくり最前線の部署で、パイラーや工法の理解を深めました。その後購買管理課で1年程、納品や請求の管理、経理業務を担当し、今は同じ購買管理課で発注業務を1年程担当しています。設計内容に応じて部品を手配し、当社の協力会社や製作課に引き継いで調達した部品を組み立てるという工程です。部品の納品が長納期化している難しい状況ですが、仕入先様と交渉してうまく納期管理できると、生産や製品の完成にも直結するので、自分の業務が役立ったことにやりがいを感じられます。

私も、建設機械メーカーということで、男性社員が多いイメージで、女性でも活躍できるのか、また文系でも活躍できるのか不安があったんですが、女性で活躍している方も多く、また新人でも仕事を任せてもらえる環境です。プレッシャーも感じますが、できたときの達成感もあるので、ポジティブに任された業務に挑戦しています。

公文:部署は何度か変わっているんですが、業務内容はほとんど変わっていなくて、施設の新築や改装の設計を担当しています。建物を建てることになると、私たちが基本設計をして、設計会社と施工会社と連携して建設を進めていく流れです。直近は、エコデザイン事業部というエコパーク・エコサイクルという地下の駐車場・駐輪場の事業部で、駐車場・駐輪場を中心に、建築部分の設計を併せて担当しました。今は新工法開発部という部にいます。これまでに、本社の新館の設計・施工管理、今年の5月にオープンしたRED HILL 1967(※)内にある、第三工場や研究棟の設計にも携わりました。現在は、「モノ売りからコト売りへ」という事業部方針に沿って、製品を販売するだけでなく、サービスとして展開させる企画にも取り組んでいます。

その中でも、本社の新館の建設は印象に残っていますね。入社2年目だったんですが、設計を担っていた上司が途中で退職し、ひとりで担当することになってしまったんです。新しい建物をひとりで設計して施工監理する経験は全くなかった上、一級建築士の試験とも重なってしまって、プライベートは勉強、仕事では現場対応で、精神的にとてもきつい状態でした。様々な方の助けを借りて無事に完成し、今思うと達成感もやりがいも大きくて、大変な思いをした分、やって良かったと思える仕事ですね。個人的には、自分が入社前に考えていた「新しいことにチャレンジ」できていることが1番のやりがいになっていると思います。近年は、世の中にかつてない建築物をつくっていて、それも誇りに思います。今はまだその建物は技研製作所の中にしかないですが、違う形にして世に出し、皆さんに使ってもらいたいですね。

また、2人も建設業のイメージとのギャップを話していましたが、私も面接に来たとき最初に思ったのは「すごく綺麗」ということでした。汚れた作業服で仕事をしているイメージがありましたが、オフィスと工場のどこを見ても綺麗で驚きました。また、入社後に様々な社員の方と話すと、自社に誇りを持っている方が多いなと。前職では自社への誇りをそこまで感じられなかったんですが、自社の事業をみんなが理解し、誇りを持てて働いているのはとても印象的です。

 

(技研製作所の本社工場の様子=高知県高知市)

(技研製作所の本社工場の様子=高知県高知市)

 

(公文さんが設計に携わった本社新館=高知県高知市)

(公文さんが設計に携わった本社新館=高知県高知市)

 

(公文さんが設計に携わった研究棟=高知県高知市)

(公文さんが設計に携わった研究棟=高知県高知市)

 

(公文さんが設計に携わったRED HILL 1967=高知県高知市)

(公文さんが設計に携わったRED HILL 1967=高知県高知市)

 

(※) RED HILL 1967
「百聞は一見に如かず」をコンセプトに、圧入技術の粋を集めたGIKENの機械や工法、構造物の「実物」の展示を通して、「圧入」とはどのような技術なのか、どのような優位性があるのか、言語や文化の壁を越えて心から納得、理解していただける施設。2023年度グッドデザイン賞受賞。 (技研製作所Webサイトより引用)

 

――将来描くキャリアビジョン。技研製作所が社会に提供する新しい価値。

最後に、お三方が描く将来のキャリアビジョンについて、また技研製作所に合う人材のイメージについて、話を聞いた。それぞれの歩んできた背景も尊重した、お三方それぞれに異なるキャリアビジョンを描いている。そのビジョンが、技研製作所が新しい建設を世界に広げていくことにつながっている。

高島:幼い子どもがいるので現実的ではないかもしれませんが、昔からいろいろな国の価値観や視点に興味があるので、海外で仕事をしてみたいという願いはずっと持っています。英語も、学生時代から力を入れて取り組んできて、今の業務では使いませんが、錆びないように続けています。自分のキャリアを振り返ってみると、出産を経て家庭に重きを置いた形にシフトし、時短勤務の活用や業務負荷がかかりすぎない働き方を選択してきたんですが、同年代で働く方と比較するとキャリアに関する焦りがあり、相反する想いがずっとあります。将来の具体的なイメージはまだ持てていないんですが、自分の強みを見つけることができれば、やりがいを持って働くことができると思っています。今はそのビジョンを模索中です。

また高知県は南海トラフ地震や津波のリスクと隣り合わせであり、防災、減災を目的とした護岸工事で当社の機械が使用されています。例えば、子どもと沿岸をドライブしながら、「津波が来ないようにここに堤防をつくっているんだよ」と説明できたときに、自分の仕事が社会に貢献していることを実感できます。当社の事業は、周りで暮らす人々を支える事業だと感じています。

澤田:引き続き購買業務の経験を積んで、調達能力を上げたいと考えています。会社として、協力業者様や仕入先様を増やそうという動きがあるので、その取り組みに貢献できるよう挑戦していきたいと思っています。将来的には、購買の経験を活かし、部品の知識を持って提案ができる開発の業務にも興味を持っています。高知、日本、世界を問わず、業務を通じてまちづくりに貢献できたらと考えています。防災に強いまちづくりや、エコパークやエコサイクルが普及することで、世界に貢献できると考えているので、自分の業務が少しでもそこにつながっていればと思います。これから身につけていく部品、製品、工法の知識を活かし、将来的には日本に留まらず、国際的に技研製作所の技術普及にも一役買えればという想いでいます。

公文:今の業務を継続することが1番ですが、技研製作所の技術を建築分野に活かすべく、第三工場や研究棟をつくってきたので、それを世の中に展開できるよう開発や企画を進めていきたいです。今私たちがつくる新しい技術を社会に提供し、人々の安心安全や快適な暮らしを支えていくことが、技研製作所の役割だと思っています。また、地震や大雨、自然災害の被害を事前に防ぐことも使命だと思っているので、これからその開発も頑張っていきたいですね。今やっていることが10年後には実現していて、世の中に製品が出て使われているイメージはあるので、それに向かって今やるべきことをやろうと考えています。

高島:技研製作所に合っている人を考えると、ふたつありますね。ひとつは意思決定が速い人。もうひとつは、人から言われて動くのではなく自分から気づいて考えて動く人。このふたつが技研製作所の社員の特徴だと思います。

澤田:特に活躍しているのは、スピード感を持って仕事をする人、どんな仕事でも楽しんでいる人、だと思います。どんどん仕事やチャンスをもらえるので、新しいことに自分から挑戦したい人はすごく伸びると思います。

公文:私もふたつあります。ひとつは固定観念に囚われない人、新しいことにチャレンジできる人ですね。「この法律があるからできない」ではなく、「この法律があるけどこうすればできるんじゃないか」みたいな、柔軟な発想ができる人が合うと思います。もうひとつは、オンとオフをしっかり切り替えられる人、というよりは切り替えて仕事をしたいと思う人。定時で帰ることを会社も推奨する中で、だらだら仕事をするのではなく、やるときはやる、休むときは休む、オンとオフの切り替えができる方が合っているかなと思います。

 

 

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制作:四国経済連合会
取材:一般社団法人四国若者会議

 

四国へ就職・転職し、ご活躍中の皆さんへのインタビューを通じて、
四国の企業やUIJターンに関する情報をお届けします。

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